Cairo: Images of Transition: Perspectives on Visuality in Egypt 2011-2013


'Cairo: Images of Transition: Perspectives on Visuality in Egypt 2011-2013' - edited by Berlin-based egyptian artist and curator Mikala Hydlig Dal, I've met her in Cairo last year, through which we can understand what sort of political-aesthetic images were represented in transitory Egypt and how did they coined populist-affective massages for the revolution aimed at democratization of post colonial society in Arabic world. カイロのタウンハウス・ギャラリーで会ったミカーラ・ハイルディグ・ダル(ベルリン・ベースのアーティスト、キュレータ)編纂の本が昨日。 2011年初頭チュニジアの民主化革命と同期したエジプトの1月25日革命から、2013年7月3日の軍部クーデタ―によるムルシー大統領追放まで。この間にカイロという都市はどのような政治的=美学的表象(とくにストリート・グラフィティ)を生産したか? 朝から、今、読み切った。キュレータ、アーティスト、政治学者、政治哲学者の共同研究プロジェクトとして、これほど素晴らしい仕事にかつて接したことがない。チュニジアのSNSがすべて遮断されたあとはアルジャジーラしか信用できなかったあのジャスミン革命の内実を(3.11で北アフリカ~エジプトの民主化運動の報道は完全にネグレットされた)、「美学の政治」という視点からどうしても理解したかった。しかし、アレクサンドリアでインタビューしても見えなかった部分が全て見えた。読んでいて、唇が震える。 学者・大学バカのひとつ覚え「未完の民主主義」に、それでも美学(アートでは絶対にない)が立ち向かう時に、その都市では何が可視化され、誰が死に、誰がイメージとともに去るのか?自殺を戒律で禁じられたムスリムが民主主義政治の未完に抗議して焼身自殺するそのイメージを、目にするムスリムはそれをどのように考えるのか?狭隘で幼稚な国粋主義に突っ走るこの国の教育を受けていては、想像すらつかない、だからこそ知りたい。その痛々しいほどの愛惜に、美学の問題として接近したい。


Mikala Hydlig Dal’s web site

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エジプト民政移管の運動を2008年にはじめた若者たちのグループ「4月6日運動: 6th of April Youth Movement」のニュースサイト CPJ: The Committee to Protect Journalistsから。ムルシー政権をクーデターで倒した軍部出身の現大統領アッ=シーシーの情報統制によって、国外のリベラルなメディアや人権擁護団体、反政府派への資金流入の可能性がある団体のweb閲覧に昨年から規制がかけられている様子を伝えている。 https://6april.org/.../cpj-egyptian-public-must-able.../