土門拳、橋本屋、室生寺、奈良

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室生、橋本屋。残念ながら部屋とれなかったのですが。 モダニズム写真も何もあったものではないキナ臭い時代、1939年のしかも12月、『古寺巡礼』の第一歩が室生寺からはじまったこと、今日写真集を取り出してはじめて知った。無知蒙昧にもてっきり戦後まもなくと思い込んでました。何でだろう?奈良高校の図書室にあった写真集の仏像に供養・追悼を感じたからかしら?

室生寺にかぎらず、宇陀の山間に数百メートル範囲のサイズの平地と集落が点々とあって、よく整備された国道で結ばれ、ダム湖からの渓流がそれに絡むように分岐しながら志摩や名張に降りていくという地勢(盆地の北部、大仏と鹿せんべいに囚われた修学旅行的な「奈良」には、このとほうもなく豊かな自然誌イメージにはない)。その各々に、醇厚な寺と人と食。そこへのアプローチは、紀伊半島ど真ん中を三重県側から大阪へ抜けるライン上の名張、室生、吉野、五條、下市、橋本の町が起点になる。高野山や大台ケ原を下る川に導かれて、やがて下りは中上健司『枯れ木灘』の樵の渓谷を抜けて、和歌山太平洋沿岸の町々にまで至るローカルのバス路線もあります。起伏のある立体的な網目状のパス。移動中の視線は上方45度の山の端か、下方の光る水。雨の森の知とうねる川の徳(釣りする人はこの徳にふれるわけだけど)。これを人類学者や芸術家気取りで何かの図譜として生意気に読もうとすると、意識が眩む。和歌山南紀観光や南方熊楠ブーム目線の「熊野」とはちがう紀伊半島南部、吉野~大台ケ原。わたしには、なんだか「脳」のイメージがあるのですけど。


一昨年に次いで2度目。ここの渓流はやはり、フライなのかな?とりあえずダム湖で、シンクの遅いルアーを投げてみよう。わたしは専用の竿も仕掛けももってないし、難しそうだからやったことがないのですけど、最近わかってきた、西欧の釣り人たちの意識のなかには、魚釣りの技術の「品格」というものがあるらしい。毛針をつかうフライ・フィッシングがいちばん上なんじゃないかしら?ヒュッヒュッと空気を切ってしなう竿と、川面を一瞬一瞬に叩く偽の昆虫、毛針。多くの場合、釣りする人は水の中に立って、じぶんの脚で流れを感じている。岸で憧れの視線を送っていると、川面に反射するその音にもまして、糸が変幻に描く弧と、下からの魚のアタックを誘うために毛針が水面に滴下する小さなショックのシーケンス、ふたつの運動のつらなりがまるで音楽の演奏のように見える。

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