森岡 祥倫
Yoshitomo Morioka
b.1952

森岡 祥倫 Yoshitomo Morioka, born in Osaka, Japan in 1952, is a independent researcher, and former professor (2007-2018) at Tokyo Zokei University of Art and Deign.

 

He finished the Master's Program in Art and Design, University of Tsukuba in 1979. After working for a publishing house and a video production company, he has started contributing articles to art and literary magazines, while engaging in cultural projects by art museums and galleries, public or corporate culture programs, and giving lecture at universities and colleges in Fukuoka, Tokyo, Yokohama, Kyoto.

 

With trans-disciplinary policy and approach, his interest has covered media-cultural studies, modern and contemporary art, political philosophy of art world. And in late years, he reached at outer peripheral regions of academism such as radical food studies and artistic activism against the global Neoliberalism, especially on the historical transformation of diet-culture which has been resulted in a shift in the regime of Biopolitics (or anatomo-politics in the broadest sense as an extended Foucauldian term) from the era of industrial revolution in the 18th century including all colonized parts of the world. In his case, theoretical vision of approach is especially relied on ecology of things (e.g. object-oriented ontology, new materialism) and anti-Kantian theory of affect.

He is now occupied writing a new book, n Japanese, subjected to the relations between history of modern/post-modern art and dieting culture, and also some essays (in Japanese) which introduce a history and contemporary condition of visual arts in the districts of South Asia and Arab World, throughout research-traveling in India, Middle East and North Africa.

(posted on 16 September, 2018)

読書と音楽と散歩と人と、そして釣りが大好きなインディペンデント・リサーチャー、組織に属さない独立独歩の研究者です。映像メディアと出版関係の会社で働いたあと、30年以上大学など各地の学校で教育の仕事に携わり、2018年3月の定年退職を期に教育者としての人生を終えました。

専門分野はあえていえば前衛芸術の歴史と文化研究でしょうか。芸術の史学や美学の枠組みじたいを保守する政治性(たとえば美術館や芸術教育のような、美学的価値にかかわる啓蒙的な言説を組織する社会制度)と、それを後期資本主義の経済思想とグローバルな新自由主義体制が、文化的符牒としてじしんの覇権に利用する仕組みについて考えつづけてきました。この視点を、かつては科学技術と20世紀後半の前衛芸術(システムの時代としての20世紀と概念の生産装置としての芸術)との相関関係に据えて研究を続け、それなりの成果もあったかとは自負します。もっと若いときは映画記号論の勉強をしていました。この20年ほどは、ジェンダー理論やクィア論を含む生政治 biopolitics 研究全般と、心理主義を乗り越える理論運動としての情動論 theory of affect などの手助けを得ながら、一般的には food studies フード研究、より特殊には political ethics of diet 食の政治倫理学と芸術・デザインをふくむ社会的創造性との関係に主題が移りました。

科学技術から食へ...とはいっても、自分自身の態度を決定する要因は何も変わってはいません。2011年3月11日に再認識した象徴的な事件の教えに即してまずいえば、次の核燃料炉心溶融は、わたしたち一人ひとりのからだの中で起きるのではないか、いやすでに...ということ。科学技術によって脅かされる生態系と別の文明の姿の探求との関係。わたしは1952年に生まれましたが、全地球の人工的な放射線バックグラウンドのレイヤ――チェルノブイリや福島第一原発の事故がその上に新しいアトミック・レイヤを重ねてしまった――を今日にまで残すことになった南太平洋での地上核実験をリアルタイムで経験した最後の世代です。わたしが食べ盛り育ちざかりの二歳、国民への食糧供給こそがまだ日本政府のナショナル・ミニマムだった1954年3月、栄養価が高くて美味しいクロマグロ★1を獲りにあのゾーン近くまで航海した第五福竜丸は、結果、乗組員とともに被爆したマグロを積載したまま母港の焼津港へ全速力で帰還しました。「ダメなことはわかっていた、が、獲った魚を漁師の俺が捨てられるか…」。伝聞ですが、のちに病死した乗組員の一人が残した言葉だそうです。屈辱の航海。言葉を失う。

 

そして、世紀の惨劇を嘆き、通信長だった久保山愛吉氏の死を追悼し、旧西ドイツの作曲家で電子音楽の黎明期に重要な役割を果たしたヘルベルト・アイメルト Herbert Eimert は、晩年近くの1962年に『久保山愛吉の墓碑銘 Epitaph fur Aikichi Kuboyama / 6 Studien』を作曲します。病床の久保山氏の姿を油絵に残した画家のベン・シャーンの『ラッキー・ドラゴン Lucky Dragon 』――現在も展示室の放射線量計測を毎日続けている福島県立美術館の所蔵作品です――や、全国の吹奏楽部の高校生たちが作曲意図の歴史的継承を若々しい演奏によって続ける福島弘和氏の作品ほどには世に知られていませんが、科学技術と芸術表現の動機との関係性を考えるとき、近現代音楽史の史実と文明批判の接触という特異性が見出せるだけではなくて、個人的にもたいそう重要な偶有の結果が自分自身の人生の物語を自動書記のように綴ったと思えるのです。じつはアイメルトの曲の存在は、1970年代前半の大学時代、ジョン・ケージの著書『サイレンス Silence 』(1961)を講読する音楽評論家の故秋山邦晴氏(1996年没)の授業で知りました。「伝聞」とは、本人が何を参照されたのかは今もってわかりませんが、この時の秋山氏の口からです。ケージのチャンス・オペレーションの思想ではないけれど、20世紀という時代は、因果と偶然、
その厚さはまちまちでしょうが多くの人の意識にもレイヤしたこの存在論的な不安は、今日の核兵器拡散の問題や原子力利用による電力需給のリスクにかぎらず、20世紀初頭の芸術家や思想家の精神の危機まずある。 19世紀初頭のロマン主義の芸術家  最末期延命治療の議論を押し広げてみればある程度には実感をもって想像できることですが、自然な生のための営みとしての摂食というものが、動物的な自然死に相応する 

では、芸術の制度や政治性の部分はどうなのか?政治とは元来、共通のルールにもとづいて、なるべく多くの人々がより幸福な生の状態を実感するための力の行使ほどの意味あいのものです。ところがこの力(日本語ではふつうは権力)が現実の社会に行使されてある状況は、行政機構や市場経済のシステムが複雑になるほど個人の感覚として捉えがたいものになってしまいます。それはまた、国民国家やグローバリズムの規模においてだけではなく、家族関係、友人・恋人どうし、職場の上司と部下、教師と学生のような個人と個人のあわいに膠着する結ぼれ、暗黙の契約をもって無意識に行使される小さくて柔らかで親密な政治においても、じつは同様の実感喪失や悟性の矛盾がときとして生じることを人は知っている...あなたとともに幸せになりたいというわたしのこの気持ちを、どうしてあなたはわかってくれないのか?何をわたしに望むのか?... これは痴話喧嘩の種であり、かつまたすべての近代的個人に、主体的な声の可能性と引き換えに課される自身のミクロな権力の問題です。愛の制度を幸福の生産にむけて十全に繰ろうとするとき、最愛の人々と拮抗する力学としておのれの権力をどのように自覚し、それを十全に揮うか…たとえば家庭を営むこととは、終わりのない政治闘争だと言えなくもありません。感情の言葉をもって他者との関係を刻印し、あるいは関係性を操作する一人ひとりの個人と、ミクロからマクロのスケール幅での人間の社会規範はすべからく政治的です、切ないほどに。

テクノロジーの利用も摂食も、当然ながら個人と社会の双方にとってまずは生得的な存在根拠をもちますが、芸術表現の価値を各時代において定義し表現の動機と形式を支配してきた美学の体制と、それらの規範性が一種の応用美学としてデザインの社会的企図に通約され、ついで鷹揚に産み落とされる感覚のテクノロジーは、なぜそれを心地良いと感じるか=感覚的評価の疑似工学化は、伝統、健康、生活経営(ライフスタイル)の新しい保守主義を目的にするデザイン主導の食文化の合理性・妥当性・正統性を無条件かつ無意識に強化してしまう傾向があります。正解も裏技もない、銘々の美学的誤解どうしの差延こそが見出されるべき価値であると。そこに人はハマる。この事態は、新自由主義の体制にあって感情的価値の工学的な規範化がますます進む現代の市場経済、とりわけインターネット・コマースのような統治を嫌う自由市場無政府主義では、はなはだしく抽象的かつ非中央集権的に進行します。感覚価値のビットコイン化といってもいい。見えるかたちの集中的な統治権力機構がないかわりに、信頼体系の存在根拠がこのリアルな世界に実定できないのです。

科学技術であれ食の文化=経済であれ21世紀の経済前衛主義は、かつての芸術世界でのイコノクラシズム 偶像破壊ではなく、偶像(中心に位置するのは再生した神(たち)の遊戯としてのエコロジー)への親密さの感覚をもって人の生に方向づけをする。そして、より正しい食のあり方やより最適化されたテクノロジーの環境を求めるほどに、多様性という名の管理空間と相対評価のループという自己疎外に陥ってしまうのです。べつの視点をとるなら、小さき者たち、弱き者たち、ひそやかな日々の存在者のコレクティヴ(寄り合い)という、一見おだやかな表情をした力、その実は大きなファッシの力が、例えば自己表現を行うこととか食生活のスタイルを美学的に選ぶことといった個人の感情の閉じ開きを采配する倫理の扉から主体の内側に入り込み、本来は合理的・理性的に公権力と向き合うべき個人のままであり続けることの自由という権能を、たとえば片仮名のアートのような中庸な場に分散して再配置するのです。統治はしない、そのままの位置であれ、ただ繋がれと。あなたとわたしの感情的な蜜月に、個の情動として自律せず他我問題を破断することのない飼いならされたあなたやわたしの感情の内に、ファシストは隠れている。時代はやはり決定論的にかわりました。

この政治性の質と方法論の転換を批判的に問うという意味では、私は何も変わってはいません、頑固なまでに。

そのような探求の領域にアプローチするとき、世間に言う専門性の自刻のしかた、そしてその背理の仮定にすぎない横断性や学際性といった専門家自身のお手盛りの領土拡張と研究者の業界での身の処し方には与しないという態度を、学生時代から40年以上どうにか貫いてきました。ドメスティックなものは嫌い、かといってグローバル・コスモポリタンにもなりきれない(批判的にですが)、自分でも自分がいったい何者なのかわからない [笑]、根源主義的に中途半端なアナーキスト......つまりはqueer dilettante 奇矯な好事家といったところか。とはいえ、各分野の専門家たちが読者とか観客と呼ぶアノニマスな存在のすべては、そのようにして作品という造作物の有偶性と手前勝手に向きあう真剣な探求者なのではないでしょうか?これを私は観客主義と呼びたい。観客は作者の一義な意に追従することよりも、モノとしての・行為としての作品と床の間の置物のように併置されることを望みます。掛け軸の前の壺だ。一歩引いて床の間(という制度)を愛でる人間ではなく壺。「これはまた何かとみればオモウツボ」※1970年代、誰の作品タイトルでしたか?。人とモノ、人がモノについて信じる観念、それらの間合いに浮沈する人間的ないし非人間的な営みの刹那の魅力に惹かれて、ひたすら本を読み、旅をし、人と語らい、そしてそのような思惟の機会で得たじぶんの確信について、いかばかりかのテキストを書いてきただけのことです。これからもおなじ態度。

個人アーカイヴというものにもあまり興味はありませんが、65才をすぎて人生という空の色がふたたび赤味を帯びてきた。インターネットの暗天に散らばる星々のいくつかで、じぶんの星座をつないだらどのようなかたちになるのか、ならないかもしれない、それをここで試しています。

記・2018年4月

リサーチや観光旅行での記念写真。

Would you mind taking a photo for me? これを各国語で覚えておく。かならずその場の誰かに頼みます。昨今流行のセルフィ―はまったくもってつまらない。

もし続いたら最低でも10分は楽しいおしゃべりになります。「どこからきたの?」「クニタチ」(日本とか東京都とはあえて言わない、言ってどうなる?)「えっ?どこにあるの?」「30km下流で東京湾にそそぐ大きな川があって、魚を釣りによくいくよ。先週はコイを釣った」「ああ、あの東京の郊外か!あんたの町ではコイはどうやって食べる?」

地理学的な理解や土地の像は、それがわずかなディテールしかもたなくとも、言語や文化の扉をこじ開けて別の土地にするりと忍び込み、「モンドな想像力」がひとの暮らしをかろやかな手つきでモデリングする。それがたまらなく愉快だし、その像の交換ができたときにはじめて、信用システムを築く可能性が生まれると思うのです。「クニタチに帰るまで、ぼくの釣り竿貸してあげようか」。それもまた、小さな権力の行使による幸せの探求、つまりは政治でしょう。

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​I'm looking for a good teacher of Arabic language, who is a Japanese or English speaker and lives in Tokyo. !!!

CV

 

 

雑文をもっとあちこちに書き散らしたと記憶しますがよく覚えていません。英語が基軸通貨だと言う気はありませんが、国際競争力のほとんどない日本の人文・芸術系の研究者が地域通貨の額面を貯金通帳に加えるかのようでバカバカしく思え、2010年前後でリストの追加が止まっています。また、20~30才代に複数の企業での充実した会社員生活があって上司や同僚から多くのことを学びましたが、企業名をこのような場所で公開することにいささかのためらいがあるので省いてあります。